海外赴任で働けなくなった私が、自分を取り戻すまで

海外赴任

海外赴任で一番苦しかったのは、孤独でも、人間関係でもなかった。                 私にとって一番つらかったのは、「働けなくなったこと」だった。

そう気づいたのは、海外生活が少し落ち着いてから、数か月が経った頃のことだ。

日本でワーママとして目まぐるしい毎日を送っていた私は、やっと自分の時間を自由に使える  ――数年間、縛られずに生きられる――と、どこかで喜んでいた。

でも現実は違った。

自分のお金がないという不安。好きなものを自分のお金で買えていた日々。それが、物ひとつ買うにも『このお金を使っていいのだろうか』と考えてしまう毎日に変わった。
母や妻という役割以外の自分が、どこかに消えてしまったような感覚。
そして、止まってしまったように感じるキャリア。

時間がありすぎるからこそ、余計なことまで考えてしまう。

異国の地で、何も動けない自分。

「私は、ここで何をしているんだろう」と、何度も思った。

日本にいた頃は、朝起きて、子供を送り、電車に飛び乗って、仕事をして、家事をこなすのにゆとりなんてなくて。毎日が忙しすぎて、自分のことを考える時間なんてなかった。

なのに、バンコクでは時間だけはある。小学校は朝6時半からスクールバスのお迎え、そのあとは夕方まで一人時間。何をするにも自由、日本では考えられないほどの自由だ。

テレビ好きな私にとって、最初は夢のようなテレビ天国だった。が、しかしこれが日常化すると何も楽しくない。カフェ・ショッピングをしていても全く楽しめない。気になるのはカフェでコーヒーを一杯頼むにも、「このお金を使っていいのかな」と考えてしまう。

「自由になりたかった」はずなのに、
自由になった私は、何をしていいのか分からなかった。

全く読めないタイ語、英語も中学生レベルの片言英語。どうにか伝わるが、スーパーで物を買うにも
いつもと同じ調味料がない世界。当たり前に買うことすらが、私にとってチャレンジの日々から始まった。

でも、日本にすぐ戻りたいとは思わなかった。

理由は、ただひとつ。

人が、本当に優しかったから。

タイの人たちは、朝すれ違えば笑顔で「サワディーカー」とあいさつをしてくれる。顔を覚えてくれると、「今日は暑いね」「元気?」と気軽に声をかけてくれる。特別なことではない。

でも、その何気ないやり取りが、異国で少しずつ私の心をほぐしてくれた。
何気ないひと言や表情の中に、どこか日本の昔を思い出すような、あたたかさがあった。

タイ人の日常を毎日の暮らしの中で見ていたら、私は少しずつ思うようになっていた。

「ここで私は、何ができるだろう」

ただ時間を持て余すのではなく、ただ不安に飲み込まれるのでもなく、この場所で、私にできることを探してみたい。そう思うようになっていた。

こうして、私のタイでの暮らしが始まった。毎日が小さな挑戦の連続だった。

スーパーで買い物をすること。市場へ行ってみること。タイ語をひとつ覚えること。一人でバス・電車に乗って、新しい景色を見に行くこと。

そんな小さな「できた」を積み重ねていくうちに、不安ばかりだった海外生活は、少しずつ私にとって大切な時間へと変わっていった。

約3年の海外生活で、私が手に入れたもの。

それは英語でも、タイ語でもありません。

「今の自分にできることから始めよう」そう考えられるようになったことでした。

スーパーで買い物ができた日。

一人で電車に乗れた日。タイ語で自分の伝えたいことが伝えられた日。

小さな「できた」を積み重ねるたびに、
私は少しずつ、自分を取り戻していきました。

私にとって海外赴任は、自分を見つめ直し、自分らしさをもう一度見つける時間でした。

このブログでは、そんなタイでの暮らしを通して感じたことを書いていこうと思います。

海外赴任前に知っておけば少し心が軽くなること。

「持ってきてよかった」と思ったもの。

子どもとの暮らしや、夫婦のこと。

そして、海外だからこそ気づけた、自分らしく生きること。

正解は一つではないと思っています。

でも、このブログが、海外へ向かう誰かの心を少し軽くできたら。

あの日、タイで私が受け取った優しさを、今度は言葉にして誰かへ渡していけたら。

そんなブログになれたらうれしいです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました