海外に来たと一番実感するのは、「言葉」です。
空港を出た瞬間から聞こえてくるのは、日本語ではない言葉。
看板もスーパーの商品も、レストランのメニューも見慣れない文字ばかり。
「本当に海外に来たんだ。」
あの瞬間のワクワクは、今でも忘れられません。
その一方で、話せないと何もできなくなってしまうのも、やっぱり「言葉」でした。

タイでは英語が通じる場所もありますが、母国語はタイ語です。
タイへの海外赴任が決まったとき、「少しでも困らないように」と思い、本を買って挨拶や数字の言い方などを一生懸命覚えました。
「これだけ覚えておけば何とかなる。」
そんな気持ちで出発したのを覚えています。
ところが、実際に生活が始まると、覚えたはずの言葉がまったく出てこないんです。
スーパーで店員さんに話しかけられても頭が真っ白。
本には「この表現は失礼だから使わない方がいい」「こちらの言い方が丁寧」と書かれていて、そのことばかり思い出してしまう。
肝心の単語は出てこないんです。
「この言い方で合っているかな。」
「失礼じゃないかな。」
そう考えているうちに言葉が出ず、相手も「分からないならいいよ」という雰囲気になって会話が終わってしまう。
そんな経験を何度も繰り返しました。
でも、海外では「話せないから今日はやめよう」は通用しません。
欲しい調味料を買わなければ料理ができない。
学校から指定された持ち物を探さなければならない。
子どものためにも、自分が動かなければ生活は回らないんです。
だから私は、完璧に話せるようになるのを待つことをやめました。
伝わらなくてもいい。
単語だけでもいい。
指をさしてもいい。
とにかく一度やってみる。
その小さな一歩を繰り返しているうちに、不思議と少しずつ言葉が口から出るようになりました。
今振り返ると、本当に必要だったのは「完璧な英語やタイ語」ではなく、「間違えても話してみる勇気」だったのだと思います。
そこで私が学んだことは、とてもシンプルでした。
まずは、「自分の言いたいことだけ言えるようになること」。
タイ語を覚えてみる。
もし通じなかったら英語で話してみる。
英語も完璧な文章を考えるのではなく、
「この場面で一番伝わる単語は何だろう。」
そう考えて、単語だけでも口に出してみる。
そして何より大切だったのは、
**「通じなくても心が折れないこと」**でした。
実はタイでは、聞き取れないと「は?」という反応をされることがあります。
もちろん悪気はありません。
日本人なら「もう一度お願いします。」と言う場面でも、タイでは自然に「は?」と返ってくることがあります。
でも、海外生活を始めたばかりの私は、その一言だけで何度も心が折れました。
「やっぱり私の英語じゃダメなんだ。」
そう思ってしまうこともありました。
それでも、少しだけ考え方を変えてみました。
「今日は一人でこのお店に行けた。」
「一人で注文できた。」
「目的の物を買えた。」
そんな小さな「できた」を一つずつ積み重ねていくことにしたんです。
すると、不思議なことに、行ける場所が増え、話せる人が増え、行動できる範囲が少しずつ広がっていきました。
言葉が上達したから世界が広がったのではありません。
勇気を出して一歩踏み出したから、世界が広がっていったのです。
だから今でも私は思います。
語学は、「話せるようになったら挑戦する」のではなく、「挑戦したから話せるようになる」。
あの頃の私は、英語もタイ語も決して上手ではありませんでした。
それでも一歩踏み出したことで、「一人でできる」が増えていきました。
海外生活で私が身につけたのは、語学だけではありません。
間違えても前に進む力でした。
そして、このとき身につけた「間違えても前に進む力」は、帰国後の私の働き方や考え方も大きく変えていくことになります。
その話は、また別の記事でお話ししたいと思います。
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