海外生活の始まりは、隔離生活からだった
2021年4月。
コロナ禍の真っただ中、私は子どもたちと一緒にタイへ渡りました。
夫はその半年前から先にタイで生活を始めていて、子どもたちの新学期に合わせて、私たちもバンコクでの生活をスタートする予定でした。
たった5年前。されど5年前。
今振り返ると、あの頃はまだワクチンもなく、新型コロナウイルスが世界中を恐怖に陥れていた時期でした。
渡航前にはPCR検査を受け、タイに到着してからも入国までは約3時間。
空港には防護服を着た人たちがいて、検査結果や書類を何度もチェックされました。
ようやく入国できたと思ったら、今度は防護服姿のスタッフに案内され、隔離用のバンに乗ってホテルへ。
「海外生活が始まるんだ」
そんな高揚感を味わう余裕なんて、ほとんどありませんでした。
ホテルに到着してからは約10日間の隔離生活。
5日目のPCR検査を終えるまでは、部屋から一歩も外へ出ることができません。
外に出られるようになっても、許されたのは1時間だけ。
真夏のバンコクのプールサイドで、泳ぐこともできず、ただ座って過ごす。
今思えば、なかなかの苦行です。
それでも隔離が終われば、いよいよ子どもたちの学校が始まり、私たちのタイでの日常も始まる。
そう思っていました。
タイにいるのに、タイを知らない日々
ところが、4月下旬。
待ち望んでいた学校は、すべてオンライン授業になりました。
日本にいた頃は、子どもたちが毎日学校や幼稚園に通うことが当たり前でした。
だからタイに行っても、場所が変わるだけで、きっと同じように学校へ通い、少しずつ友達ができて、そこから新しい生活が始まっていくのだと思っていました。
ところが現実は、まったく違いました。
友達もいない。土地勘もない。
タイに来たのに街を歩くことすらほとんどなく、「海外に来た」という実感もないまま始まったタイ生活。そして始まったのが、幼稚園児と小学4年生のオンライン授業でした。
これが、なかなか大変でした。
幼稚園児にもオンラインでタイ語や英語の授業があります。
当然、一人でパソコンの前に座って授業を受けてくれるわけもなく、私はほぼ付きっきり。
その間、小学4年生の娘はというと、
「まあ4年生だし、自分でできるでしょう」
と、わりと放置していました。
ある日ふと見てみると、ベッドに寝っ転がりながらオンライン授業を受けている。

……自由すぎる。
さらに数か月後。
分度器を使っている娘を見て、
「え? その測り方、違くない?」
となり、オンライン授業の間に、ところどころ大事なものが抜け落ちていたことに気づきました。
そんな毎日でした。
日本にいた頃より家は広くなりました。
でも、慣れない土地で、子ども2人と私の3人が24時間ずっと一緒。
外にも自由に出られない。
知り合いもいない。
「せっかく海外に来たのに」
と思う余裕すらなく、まずは毎日を回すことで精いっぱいでした。
初めて「タイに来てよかった」と思ったのは、人でした

そんな生活の中で、初めて「タイに来てよかったな」と思わせてくれたのは、観光地でもタイ料理でもありませんでした。
「人」でした。
友達もなかなかできない生活の中で、コンドミニアムのガードマンは、毎日顔を合わせるたびにニコッと笑って挨拶をしてくれました。
デリバリーを取りに行けば、私が日本人だと分かると、
「日本に行ったことがあるよ」
とスマホの写真を見せてくれる人がいたり、
「このアニメが好きなんだ」
と、日本のアニメについて熱く語ってくれる人がいたり。
その頃の私は、タイ語なんてほとんど分かりませんでした。
相手の言っていることを全部理解できたわけでもないし、私から気の利いた言葉を返すこともできません。
それでも、
「ああ、この人は日本のことが好きなんだな」
「私にそれを伝えようとしてくれているんだな」
ということは、不思議なくらい伝わってきました。
遠く離れたタイで、日本への親しみを向けてもらう。
そして、言葉が通じなくても笑顔で話しかけてもらう。
ほんの数分のやり取りでした。
でも、友達もいない、外にも自由に出られない日々の中で、その時間は私にとって小さな救いでした。
そして少しずつ、
「タイって、やさしい人が多いのかもしれない」
と思うようになりました。
私が初めてタイの良さを感じたのは、有名な寺院を見たときでも、美味しいタイ料理を食べたときでもありません。
誰かが向けてくれた、ほんの小さなやさしさを受け取ったときでした。
私が海外で最初に受け取ったやさしさは、コロナ禍という大変な時期に出会った、タイの人たちのやさしさでした。
でも、きっとその形は人それぞれ。
誰かの何気ない一言だったり、困っているときに差し伸べてもらった手だったり、言葉が通じない中でも向けてもらった笑顔だったり。
海外で暮らすことは、思っていた以上に大変なこともあります。
それでも、そこでしか出会えない人や、そこでしか受け取れないあたたかさもあるのだと思います。
もしみなさんにも、海外で受け取った小さなやさしさや、今も心に残っている出来事があれば、ぜひコメントで教えてください。
そんなあたたかい経験が、ここで少しずつつながっていったら嬉しいです。

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